御主殿跡からのパノラマ(夏) 御主殿跡からのパノラマ(冬) |
石仏巡りコ-ス |
本丸跡〜御主殿跡コ-ス |
●八王子城 八王子城は、戦国末期の天正年間(1580年頃)に、北条氏照により築城された山城です。 小田原城とともに戦国時代最大規模の城域を誇っていました。 天正18(1590)年6月23日に豊臣秀吉の軍勢により落城し、その結果小田原の北条氏は降伏し秀吉 の天下統一が実現しました。 平成18年4月に日本城郭協会より「日本100名城」に選定。 「日本100名城」には、世界遺産の姫路城、国宝の彦根城・松本城、また東京都内では江戸城などの 名城が選定されており、八王子城は戦国の山城の状態を良く残していることなどから選ばれました。 ●八王子城の攻防 八王子城の戦いは、わずか1日で決着しましたが、とても激しい戦いでした。 天正18年(1590年)6月23日、豊臣側の前田利家軍は城の大手側、上杉景勝軍は搦手(からめて)側 に分かれて攻め込みました。 このとき八王子城主北条氏照は小田原城に詰めており、留守を横地監物(よこちけんもつ)・中山勘解 由(なかやまかげゆ)らの重臣が守っていました。 重臣らは奮戦しましたが、ついに搦手側から破られ、ついで大手側も陥落、重臣らの多くも討ち死にし 八王子城は落城しました。 この戦いの様子は、江戸時代に編さんされた「新編武蔵国風土起稿」や「武蔵名勝図会」に記されてい ます。 ●氏照の暮らしぶり 戦国時代はいつも合戦とその準備をしていたイメージがありますが、八王子城から出土した遺構・遺物 から見てみると、そのイメージとは程遠いものです。 中国から輸入された五彩で華やかなお皿で、領国内から取れたアワビやサザエなどを食べベネチアで 作られたレースガラス器や信楽焼きの花器を飾り、そのもとでお茶をたしなみ、枯山水の庭を眺め、お 酒を飲んだ日々が思い浮かばれます。 これらの品々は、さぞ北条氏照の心を和ませていたのではないでしょうか。 * (右2枚/城山を守る会HPの地図参照) ● 片倉城跡公園も載せてありますので、ご覧ください ● (アクセス) 徒歩の方・・JR・京王線の高尾駅(北口)下車し国道20号線を渡りまっすぐ上っていきます。 多摩森林科学園の所を左折し、2つ目の信号を左折。 (左側・・妙観寺) 中央高速道路をくぐり、”八王子城址入り口”を左折し、道なりに行くと入り口です。 (高尾駅から約40分) バスの方・・JR・京王線の高尾駅(北口)下車。 霊園正面経由”恩方車庫”行・・”宝生寺団地”行 恩方車庫経由”美山町”行・・”大久保”行 大久保経由”陣馬高原下”行 ”高尾の森わくわくビレッジ”行 バス停”霊園前”下車し、徒歩20分で入り口です。 車の方・・・国道20号を八王子方面から来て、”町田街道入り口”で右折。 多摩森林科学園(左手)の所を通過し、2つ目の信号を左折。(左側・妙観寺) 中央高速道路をくぐり、”八王子城址入り口”を左折し、道なりに進む 入口の手前右側に駐車場。利用時間 AM8:30〜PM5:00 ((城山を守る会・HPを参考にしました)) (画像をクリックすると、大きくなります) ● (ホームへ) ● |