智恩寺 ( ちおんじ 京都府宮津市 )

   ● 禅臨済 天橋立 智恩寺  宮津市字文珠
        ここ智恩寺は「智恵の文殊」と呼ばれ、またこのところの名から「切戸(きれ
        と)の文殊」・「九世戸(くせど)の文殊」とよばれて古くからの信仰の厚いとこ
        ろであった。
        寺伝によれば、その開創は千余年の昔、延喜年間という。
        世に三文殊と称するのは、ここ智恩寺に加えて、奈良県桜井市の阿部院・
        京都市左京区金戒光明寺(こんかいこうみょうじ/ あるいは、これに代え
        て、山形県高畠町大聖寺)の三寺の文殊のことである。
        国指定の特別名勝「天橋立」というのは、海中に、3.6kmにわたって連なる
        砂嘴(さし)の部分だけではなく、それを展望できる成相寺山麓の「傘松」の
        地、そしてここ智恩寺の境内地をも含めているのである。
          寺に伝わる古縁起にも、
             そもそも、九世戸あまのはしたてと申すは、本尊は一字文殊、鎮守ははしたての明神と申す、本
             地はおなじ文殊にておわします       云々
        と記し、橋立も一体の信仰の地と考えられてきたのである。
        本尊は善財童子(ぜんざいどうじ)・優てん王(うてんおう)を従えた文殊騎獅像である。
        境内には、本堂をはじめ、山門・多宝塔ほか諸堂が並び、寺だけでなく、地方の歴史を語る多数の遺物
        に接することができる。                                  宮津市教育委員会

                        

                                             (智恩寺HPからお借りしました)

        ****************************************

   ● 山門 (宮津市指定文化財)
        三間三戸の二重門です。
        上層には釈迦如来や十六羅漢を安置し、下層の柱間に建具は無く開放的です。
        細部に至るまで本格的な唐様(禅宗様)になる山門として丹後地方最大のものです。

                          


                   


   ● 力石
        この石は、当地文殊に伝わる力石と呼ばれるもので、祭や集会の余興にこの石を持ち上げ、青年達が
        力自慢を競ったものです。
          (石の重さ 大130kg 中100kg 小70kg)
        今では、当智恩寺に奉納され、この石に触わると不思議に力と知恵が授かると、今に伝わっています。
        どうぞご自由にお触り下さい。

                   


   ● 予科練供養塔
        塔文
          予科練とは海軍少年飛行兵の称である。
          予科練の歴史は僅か15年余りに過ぎないが、日支事変・太平洋戦争の全期に亘り厳しい訓練を経
          て戦いの大空に雄飛する。
          戦局利あらず多くの若者が祖国同胞の為と信じ無限の未来を秘めた若い生涯を桜花よりも更に潔く
          祖国防衛に捧げた。
          英霊の永久の冥福と世界平和の礎となることを祈念し之を建てる。

                                


   ● 宮津市指定有形文化財(彫刻)
        石造り地蔵菩薩立像(室町時代) 宮津市字文珠 智恩寺
          ここには、南に並んで二躯、その北に離れて一躯の等身の地蔵菩薩像が立っている。
          いずれも右手を握って錫杖を執る形を示し、左手には宝珠をささげている。
          二躯が並ぶ内の向かって右側のものは、最も保存状態が良く作風的にも優れている。
          背面の銘文によると、応永34年(1427)に、三重郷(現中郡大宮町)の、大江越中守(法名永松)の発
          願により造立された一千体地蔵の内のひとつとなるが、他に同類の作は知られていない。
          離れて立つ北の一躯は、斜めに流れる体部衣文の的確な彫法などに、優れた技法をみせるが、頭
          部を失い現在は後補のものと替わっている。
          背面銘文から、三上因幡守(因州大守沙弥祐長)の発願により、永享4年(1432)に造立されたことが
          わかる。
          また南のもう一躯についても、両手先ほかに欠損を受けているが、他の二躯と制作年代が隔たるも
          のではないであろう。
          これらの地蔵像については、雪舟筆の国宝「天橋立」に、それらしい姿が描かれており、智恩寺の
          歴史とも関わりが深い。
          とくに願主、造立年代を記す先の二躯については、資料的価値も高く、平成5年に宮津市指定文化
          財に指定されている。
                                                    宮津市教育委員会

                   


                                    

                      (庚申塔)             (宝篋印塔/ほうきょういんとう?)

   ● 智恩寺多宝塔 (国指定重要文化財/建造物 室町時代)
        上重は円形で亀腹を付け宝形の屋根を載せて相輪を付し、下重は周囲に方形の裳階を付けた形式の
        塔を多宝塔という。
        本寺多宝塔は、上重の柱等に記される墨書銘によって、丹後国守護代で府中城主延永修理進春信に
        よって建立され、明応10年(1501)に落成したことが知られる。
        下重には来迎柱が立ち、前方に須弥壇をつくって大日如来が安置されている。
        来迎壁の背面には造塔の奉行も務めた丹後一宮大聖院の住僧智海により片足を上げた不動明王が
        描かれており、「八十余歳書之・智海」の署名がある。
        本塔は市内で唯一中世建築遺稿であり、かつ唯一の国指定重要文化財建造物である。
        丹後地方には残存する古建築が極めて少ないなかで、創建の事情、年代が明らかな本塔は貴重な存
        在である。
                                                   宮津市教育委員会

                          


                              

         (左側)             (正面)              (右側)             (裏側)

   ● 鉄湯船(鎌倉時代) 国指定重要文化財/工芸品  宮津市字文珠 智恩寺
        現在手水鉢として使用されているこの鉄盤は、本来湯船として制作されたものである。
        湯船は寺院の大湯屋において寺僧の施浴に用いられたものである。
        この鉄湯船には内側に銘文が鋳出されており、そこからこの湯船は、もとは興法寺(現竹野郡弥栄町)
        のために鋳造されたことがわかる。
        同様の湯船は成相寺(宮津市)にも遺されており、ともに銘文から、正応3年(1290)、河内国の鋳物師、
        山川貞清により制作されたことが知られる。
        いずれにしても、このような古式の湯船が、現在二つも宮津市に遺されていることは、珍重すべきこと
        であり、また中世鋳物資料として、全国的にも極めて貴重な遺品である。
                                                       宮津市教育委員会
   ● 扇子型のおみくじ(初穂料300円)
        「鉄湯船」近くの松の木には、沢山の「扇子型おみくじ」が結ばれていました。

                   


                   

      (すえひろ扇子おみくじ)               (鉄湯船)

   ● 本堂(文殊堂)
        境内の風景にとけこんで、宝形造、銅板葺の屋根のこの御堂が智恩寺本
        堂文殊堂である。
        正面五間、側面六間で、内陣は三間四方、格子の間からなかを拝するこ
        とも出来る。
        創建以来いくたびか修復が行われたが、内陣中央の四本柱は、神代以
        来伝えて来たものという。
        内陣厨子には、本尊、騎獅文殊菩薩座像、その両脇に従う善財童子・善
        財童子(ぜんざ・優てん王(うてんおう)をまつる。
        文殊像は、如意を持って獅子の上の蓮華座上に安坐の形、善財童子は
        経箱を捧げて立ち、優てん王は獅子の首につけた鎖をとる。
        本尊の光背は、方形の身光、円形の頭光、その周縁の装飾等技
        巧をこらしたものである。
        像高は文殊菩薩49.1cm、善財童子60.6cm、優てん王62.1cm。
        鎌倉時代後期の作、重文指定。
        この地方には、戒岩寺が文殊菩薩を本尊とし、付近地名に獅子
        ・獅子崎があり、文殊菩薩をまつる穴文殊がある。
        文殊信仰がひろく行われていたことを物語る。
        文殊堂は西国札所成相寺と共にひろく天下に知られ、室町将軍
        家も度々ここを訪れたし、近世になると巡礼の人々で賑わった。
        近世前期には、日本三景天橋立の語とともに日本三文殊の語も
        ひろく行われた。
        この堂外陣の壁に揚げられている多様な絵馬は文殊堂によせる人々の信仰の深さを物語っている。
                                  宮津市教育委員会 宮津市文化財保護審議会

                             


                   


                      


   ● 吉祥弁財天

                              


   ● 無相堂

                             


   ● 六地蔵
        女性のお地蔵さまで、色艶やかな着物を着ています。

                      



                             

 
        ****************************************

                          


  ● アクセス
     車の場合
       大阪−宮津天橋立(1時間40分)
         大阪−(中国自動車道/30分)−吉川JCT−(舞鶴若狭自動車道/50分)
                   −綾部JCT−−(京都縦貫自動車道/20分)−
                                      −宮津天橋立ICより約10分
       京都−宮津天橋立(1時間30分)
         京都−(京都縦貫自動車道/30分)−丹波IC−(国道9・27号)−
              −京丹波わちIC−(京都縦貫自動車道/10分)−綾部JCT−
               −(京都縦貫自動車道/20分)−−宮津天橋立ICより約10分
       名古屋−宮津天橋立(3時間)                           (天橋立HPよりお借りしました)
         名古屋−(東名阪自動車道・新名神高速道路・名神高速道路・
              ・京都縦貫自動車道/2時間)−−丹波IC−(国道9・27号)
               −京丹波わちIC−(京都縦貫自動車道/10分)−綾部JCT
                 −(京都縦貫自動車道/20分)−宮津天橋立ICより約10分

    電車の場合
       京都−(JR山陰本線/約2時間)−天橋立
       大阪−(JR福知山線/約2時間20分)−福知山−宮津(JR山陰本線)−天橋立


                    (智恩寺・天橋立観光協会のHPを参考にしました)
                                                         (智恩寺駐車場)
                        (画像をクリックすると、大きくなります)


                             ● (ホームへ) ●



HTML Builder from Excel   作成:QQQ