(浜離宮恩賜庭園HPからお借りしました) (画像をクリックすると、大きくなります) |
<< 大手門−→サービスセンター−→タブの大木−→三百年の松−→お花畑−→ −→旧稲生神社−→水上バス発着所−→新樋の口山−→水門−→樋の口山 >> ● 大手門へ向かいます。 ● 大手門 旧浜離宮庭園 沿革 この地はもと将軍家鷹狩の場所であったが承応年間 松平綱重の別邸となり甲府浜屋敷また は海手屋敷といわれた。 ついで六代将軍 徳川家宣これを改めて浜御殿と改称し大いに改修を行い景観を整えた園内 には、茶園、火薬所、織殿等が営まれ幕末には、石造洋館、延遼館の建設をみた。 維新後、宮内省所轄となり園地を復旧し、皇室宴遊の地にあてられ、名も浜離宮と改められた 諸外国貴賓来訪の際には、延遼館はその迎賓館にあてられ明治天皇も賜宴のためしばしば 本園に行幸せられ、特に明治12年、米国前大統領グラント将軍が、わが国を訪問せたれた際 には親しく本園中の島茶屋において引見せられた。 園は江戸時代に発達した大名庭園の代表的なものであって現存する汐入の庭の典型的なも のとして貴重な文化財である。 昭和23年12月 文部省 * (振り返ると) ● サービスセンター ● 歩き始めると、「タブの大木」がみえます。 ● 反対側に 「三百年の松」 が。 およそ300年前の宝永6(1709)年6代将軍徳川家宣が、この庭園を大改修した(その時から「浜御殿」 と改称された)ときに植えられたと伝えられており、その偉業を表現するような雄姿は昔時をしのばせ るもので、都内では最大級の黒松であります。 ● 内堀にかかる橋を渡ります。 ● 右側にお花畑が広がりますが、まだ咲いていません。 *(紅梅が綺麗に咲いています) ● 旧稲生神社 旧稲生神社の創建時期は明らかではありませんが、江戸時代後期の絵図には現在の場所より西方 に稲荷社が描かれていることから、庭園内に稲荷社が古くから祭られていたことが知られています。 現在の建物は、前身となり社殿が明治27年(1894)6月20日に東京湾を震 源とする地震で倒壊したため、翌年に当時の宮内省内匠寮の手によって、同規模・同形式で再建さ れたものです。 一方、内部に祭られている宮殿はその建築技法から江戸時代後期のものであると推定されています 建立から現在に至るまで、幾度か修理の手が加えられたことが、調査によって判明しています。 なかでも、大正12年(1923)9月1日に発生した関東大震災では大きく破損し、倒壊は免れたようです が、昭和6年(1931)に同じく内匠寮によって大修理が行われました。 そして、平成17年には文化財としての大掛かりな修理を行い、ここに明治時代の創建当時の姿を伝 えています。 ● 水上バス発着所 「浅草」・「両国」・「お台場海浜公園」、及び「葛西臨海公園」等への発着場です。 隅田川に架かる個性豊かな橋を楽しむこともできます。 ● すぐ先の「新樋の口山/しんひのくちやま」にのぼります。 東京湾に面した水門近くの山です。 レインボーブリッジやお台場など臨海副都心を一望できます。 (全景は、パノラマでご覧ください) ● 水門 昔からこの堰で海水の出入りを調整しています。 東京湾の潮の干満を利用して池の水位を上下させ、庭の趣に変化を持たせるように作られた「潮入 の池」にはなくてはならないものです。 ● 水門の脇に、「樋の口山」が。 (画像をクリックすると、大きくなります) ● (入口へ) ● |