花の苑駐車場〜飯縄神社

             

 
2010.04.08 花の苑地駐車場−−東屋−−−分岐(←城山山頂1.3km/小網口0.5km→)−−
--------------(4分)----(3分)------------------------------(19分)-

−分岐(鷹射場 / 飯縄神社)−−−鷹射場−−分岐(鷹射場 / 飯縄神社)−−
------------------------(3分)------(3分)--------------------(1分)-

−宝ヶ池−−大杉−−−宝ヶ池(飯縄神社方面へ)−−烽火台と鐘撞堂跡−−
-------(1分)----(1分)---------------------(1分)-------------(1分)-

−−飯縄神社

     (山道などが変更されている場合もありますのでご注意ください)

              (画像をクリックすると、大きくなります)

 




津久井湖畔の「花の苑地」の無料駐車場到着。サクラが満開です。
   駐車場利用時間 8:00〜19:00 (無料)

    * (観光センター)・・・(駐車場)

        


          


国道413にかかる「つくいこうえんばし」を渡り道なりに進みと、津久井湖が見渡せる東屋のあ
る展望所です。

    * (つくいこうえんばし)・・・(東屋がある展望所)

        


    * (東屋)

        





                   (全景は、パノラマでご覧ください)

 
東屋の展望所を左折すると、すぐ標識(城山山頂1.4km→)があり右折。
振り返るとサクラの見事な景色が広がります。

    * (右折)・・・(振り返ると)

        


                


道標(神奈川の美林50選 津久井城跡のヒノキ林)と看板(江川ひのき)
   江川ひのき
      この立派なひのきの林をごらん下さい。
      このひのき林は江戸時代の末期に伊豆韮山の代官で行政官として洋学者として
      いろいろな分野で活躍していた江川太郎左衛門英龍という人が植林したといわれ
      ています。
      樹齢は約120年です。
      この林をみていると私たちは自然の偉大さを感じます。 東京神奈川森林管理署

      *高尾山の(一丁平コース)5号路にも「高尾山江川スギ保護林」があります。

    * (津久井城跡のヒノキ林)・・・(江川ひのき)

               

 
突き当たりに標識(←城山山頂1.3km/小網口0.5km→) *帰路はここから下り駐車場へ
左折し、ヒノキ林の山道を進みます。

    * (突き当たり)・・・(左折)

        


アオキやシダ類が多く滑りやすい危険個所にはクサリやフェンスが取り付けてあります。

    * (クサリ箇所)・・・(フェンス箇所)

        


ニリンソウも咲き出しています。

    * (ニリンソウ)・・・(ここにもクサリが)

        

 
分岐(鷹射場/飯縄神社)。
標識(←鷹射場0.1km  ↑飯縄神社・城山山頂0.1km  花の苑地・津久井湖1.3km)
左折し「鷹射場方面」に下ります。

    * (分岐・・鷹射場/飯縄神社)・・・(鷹射場方面へ)

        


すぐ先に「堀切」があり直進します。
  堀切
    尾根伝いに攻めてくる敵を防ぐため、尾根を逆台形に深く掘り込んだものです。

               

 
「鷹射場」です。
ベンチがあり、橋本の街並みや相模川がみえます。(以前は東屋がありました)

    * (鷹射場)・・・(以前は東屋がありました)

               


                 (全景は、パノラマでご覧ください)

 
分岐(鷹射場/飯縄神社)に戻り、「飯縄神社方面」に向います。

    * (分岐・・鷹射場/飯縄神社)・・・(飯縄神社方面)

                  

 
すぐ突き当たり「宝ヶ池」があります。
  宝ヶ池
     いざ戦となって山城にたてこもっても、水がなくては戦いどころではありません。
     宝ヶ池は、津久井城の水の手(溜井)のひとつです。
     江戸時代の地誌「新編相模風土起稿」は「日照りや雨が続いた年でも、いつも安定し
     て水をたたえている」と記しています。
     水が白く濁っていることから城兵が刀を研いだとも伝えられます。
     また水が枯れないところから雨乞いの行事にも使われました。
  山城と水
     中世にまとめられた城作りの手引書「築城記」は、山城を築くときの心得として、まず「
     水があることが大切、また水の手(井戸など)は遠くにつくってはならない」と記してい
     ます。
     水は戦いはもとより、日常の城中生活に欠くことのできないものだからです。
     また「水が枯れるので、やたらに尾根を掘ったり、大木を伐ってはいけない」ともありま
     す。  水の確保には常に気を配っていたことがわかります。
  津久井城の水源
     津久井城では宝ヶ池のほか、本城曲輪の北側とお屋敷跡で井戸跡が見つかってい
     ます。
     また山麓にはいたるところに水源があり、今でも豊かな水が湧き出しています。
     津久井城は水で苦労することはなかったでしょう。

    * (宝ヶ池)・・・(石碑)

                  

 
標識(←飯縄神社・城山山頂  大杉→)に従い、右折し「大杉方面」へ。
すぐ大杉に対面。

    * (大杉方面へ)

        


  津久井の名木  大スギ
    科目  すぎ科スギ属
    樹高  25メートル
    樹齢  推定900年
    特徴  日本各地に広く自生し、最も多く植林されている。
         常緑針葉高木。
         葉は線香の材料とし、樹は庭木・建設材料などに用いられる。
         高さ30〜40メートルとなる。
   所在地 津久井町城山山頂
   管理者 (財)かながわトラストみどり財団
         津久井地区推進協議会
         津久井町  平成13年3月 設置

                     

 

宝ヶ池の分岐に戻り、飯縄神社方面へ
すぐ「烽火台と鐘撞堂跡」に。
   烽火台と鐘撞堂
      この付近は烽火台とも鐘撞堂とも伝えられます。
      戦国時代、城や砦の間の情報伝達には、天気の良い時には烽火(狼煙とも書く)や
      旗吹流しなど、また夜間や雨の日には鐘や法螺貝などの「音」が使われました。
      津久井城周辺には、敵に備え多くの砦や烽火台が築かれていました。
      江戸時代の中期に大阪の医師寺島良安により編集された百科辞典「和漢三才図
      会」を参考にして復元された井桜矢倉式の烽火台です。
      跳ねつるべの先に火種をとりつけて空中に上げる様式のものです。
      烽火はオオカミの糞を火種にしたことから狼煙とも書きますが、オオカミの糞は真っ
      直ぐにあがり風にも強いと伝えられます。
      また煙草や青松葉、火薬、松なども使われていたようです。

    * (烽火台と鐘撞堂跡)

        


            


「飯縄曲輪跡」に「飯縄神社」が建っています。
    津久井城の守護として、建久8年(1197)に津久井氏が勧請したそうです。
    飯縄曲輪は、神社のある最高地点を中心に段々に周りを取り巻く形状をしています。

    * (飯縄曲輪跡)

               


    * (飯縄神社)

        



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