見附島 ( みつけじま 石川県珠洲市 )
見附島からのパノラマ

   ● 見附島(軍艦島)
        能登内浦海岸を代表する景勝地の一つ。
        弘法大師が布教のために佐渡から能登へ渡たる際、最初に「目につい
        た島」というのが名前の由来です。
        能登のシンボルとしても慕われています。
        先端部分が突き出たその姿から、地元の人々は「軍艦島」と呼んでいる
        そうです。

      広い駐車場から海岸方面にいくと、「見附茶屋」があります。

                          

                   (駐車場)                       (見附茶屋)

      引き潮の時間帯には歩いて見附島まで行けるそうで

                  


                  


                  


         


   ● 見附の社
       見附島と空海
          弘法大師空海が唐の国に渡り恵果阿闍梨(けいかあじゃり)のもとで修行
          され、三国伝来の伝承者と認められ金胎両部(こんたいりょうぶ)の潅頂(
          かんじょう)をうけ密教伝来の三杵(さんしょ)を授けられた。
          唐の僧達はその三杵を奪い返さんと日本に帰ろうとする空海を海岸まで
          追いつめて来た。
          その時空海は東方を望まれ「密教有縁の所に行きて我を待つべし」と三
          杵を大空高く投げられた。
          帰国された空海は三杵を求めて海路佐渡より能登沖を通られた時波の音
          とともに法華経を誦する声が聞こえてきたので島を頼りに着岸された。
          そこで村人達の案内により山の桜の樹に探し求めていた三杵の一つ五鈷
          杵(ごこしょ)が光り輝き白夜法華経を唱えていた。
          空海は深くお喜びになりここに一宇を創建され吼木山(ほえぎざん)法住寺と名づけられた。
          そして三鈷杵は高野山の松の樹に独鈷杵(どっこしょ)は佐渡の小比叡山の柳の樹に掛かっていた。
          それより島を見附島と呼び縁結びの神を祭り海難の守り神と共に小社を安置し4月18日を祭日とし
          舟を繰り出し島上に登り祝詞を奉じて来た。
          しかし今は歳月による風化に加え能登沖地震や台風の被害により島に往時を偲ぶ雄姿はなく島上
          の社も崩壊したまま今日に到っています。
                                         平成12年7月   見附の社

                      


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       ● アクセス
            バスの場合
                のと鉄道七尾線穴水駅から能登中央バス珠洲方面行きで1時間45分、
                「宝立小学校前」下車、徒歩5分

            車の場合
                国道249号沿いを行くと「見付海岸」という案内が出てきます。


                  
   


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