(5)埋門跡〜奥庭跡

                                 


                            (画像をクリックすると、大きくなります)


    <<埋門跡→多門長屋跡→御隅櫓跡→本丸跡(東屋・伏見宮博恭王殿下お手植え松)→奥庭跡>>

 ● 「埋門跡」に戻り、「御隅櫓跡」に向います。

    * (埋門跡)・・・(←茶室 御隅櫓跡→)

                          


 ● 多門長屋跡 ●
     この通路に「多門長屋」が建てられていました。
     左に下ると、「あやめ園」です。
          昭和28年(1953)頃本丸下のあやめ畑に、明治神宮外苑のあやめを譲り受け植えました。
          カキツバタとハナショウブがそれぞれ約3千株、あやめ約600株が植えられています。
          見頃は、カキツバタとハナショウブは5月下旬〜6月上旬、あやめは6月中旬〜下旬。

    * (多門長屋跡)

                          


 ● 御隅櫓跡 ● (開館時間 9:00〜16:30)
     御隅櫓は城内に八ヶ所あった櫓のひとつで本丸の北西隅の一番高い台地(標高約45m)に位置してお
     り、物見や武器の貯蔵庫などに使われたものです。
     資料と発掘調査に基づき、当時の2階造りを基本とし、その上に市街地が一望できる展望台を加えまし
     た。
     市制施行100周年記念事業として、11世紀に向けての市政の発展を願い、千秋公園の歴史的シンボル
     となるように復元したものです。
         構造形式 鉄筋コンクリート造り3層  4階建屋根本瓦葺入母屋造り
         間口 19.70m  奥行き 7.88m  高さ 21.85m
         総床面積  430.37u
           1階 165.83u  2階 186.28u  3階 59.00u  4階 47.28u
                        秋田市制百周年記念日 平成元年(1989)7月12日 秋田市

                  


    * (展望台より)

       


                 


 ● 本丸跡(東屋・伏見宮博恭王殿下お手植え松) ●

    * (東屋)

                          


    *伏見宮博恭王殿下(ふしみのみや ひろやすおうでんか)
           明治8年(1875年)10月16日 - 昭和21年(1946年)8月16日)
           皇族、海軍軍人。
           日露戦争では連合艦隊旗艦三笠分隊長として黄海海戦に参加し戦傷を負う。
           また艦長や艦隊司令長官を務める等、皇族出身の軍人の中では実戦経験が豊富。

    * (伏見宮博恭王殿下お手植え松)

                                 


 ● 奥庭跡 ●

                          


                        (画像をクリックすると、大きくなります)


                               ● (入口へ) ●

 

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