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<< 勝手(六畳)−→映像・展示室−→庭へ >> ● 勝手(六畳) 佐藤家使用の諸道具 江戸時代後期以降、佐藤家で用いられていた様々なものが今は取壊された土蔵に残っていた。 佐藤家の家紋、源氏車が施された漆器類や木箱をはじめてとして、膨大な食器類や日常雑器が 伝わっている。 中には大田蜀山人と親交のあった佐藤俊興が購った朱大平碗があるが、蜀山人も使ったもので あるかも知れない。 日野館・宮崎勝義氏所蔵 生漆塗りたらい(江戸時代末期頃?) 現在は残っていないが、上段の間の後ろ側には大名などが使用した上雪隠(かみせっちん)と湯 殿が設けられていた。 このたらいはその湯殿で用いられたものと思われるもので、生漆が塗られ、普通の物より大きい。 有山 董氏所蔵 旧長屋門大扉・潜戸(くぐりど) 江戸時代、甲州道中日野宿では、本陣・脇本陣の長屋門が並び立ち、威容を誇っていた。 この大扉と潜戸は、佐藤彦五郎が建てた表の長屋門のものである。 大正15年(1926年)の大火で被害を受けたため、所々欠失したり、焼けこげたりしている。 傷みがひどいため改修することになり、保存処理を施して展示することとしたものである。 ● 映像・展示室 伝大田蜀山人使用蕎麦蒸籠 (江戸時代後期) 日野館・宮崎勝義氏所蔵 椀・平椀・太平椀 (江戸時代後期) 日野館・宮崎勝義氏所蔵 蜀山人を歓待した佐藤彦右衛門が購ったもの。 蜀山人も使用したかもしれない。 明治天皇を笑わせた蜀山人 日野宿本陣の上段の間の襖には大田蜀山人の書画が表具されていた。 その1枚にかかれていたのがタケノコの絵と狂歌である。 蜀山人画題(落款) たけのこ(竹の子)の そのたけのこのたけの子の 子のゝゝ末もしけ(繁)るめて(目出)たさ 来訪は竹の子の出る季節であり、直次郎が目出度い竹の子の成長にたとえて、彦右衛門家の 子孫繁栄・家運長久を祈念したものであろう。 句の随所で取り入られた擬態語「のこのこ」という軽妙な語感には、誰もが思わず吹き出しそう になる。 事実、明治14年(1881年)の行幸の際、明治天皇が前年についで佐藤家で再度の休憩をとられ たが、襖に書かれていたこの狂歌をご覧になって、声高らかにお笑いになったという。 椀箱 (江戸時代後期) 日野館・宮崎勝義氏所蔵 大田蜀山人と親交の深かった佐藤彦右衛門俊興が購った朱太平が入っていた箱。 蜀山人が絶賛した日野の蕎麦 ● 庭へ (画像をクリックすると大きくなります) ● (入口へ) ● |